Ranger F
2014年10月16日
17:13
朝ドラの『花子とアン』の影響で、いまさらながら『Anne of Green Gable』(赤毛のアン)を読みました。著作権が切れているのでkindle版の原書は94円!です。
とても素晴らしい、美しい物語で、世知辛い世の中で心にたまった泥を洗い流してくれました。
子ども向けの本だと思っていたのですが、表現が豊かで凝っていて、大人向けの歴とした文学です。特にカナダの美しい自然の描写は、この世に生まれたことに感謝したくなるほど、心を豊かに、穏やかに、清らかにしてくれます。
ぜひ原書で読むことをおすすめします。やさしい英文ではありませんが、苦労して読む価値は十分にあります。言葉を吟味しつくしてつくられた文章は、日本語に翻訳するのがとても難しいと思います。どんなに優れた翻訳でも、原書の意味、ニュアンスを伝えきることはできません。
『赤毛のアン』は、『花子とアン』のモデルとなった村岡花子さんのほかにも、たくさんの方が翻訳しています。
kindleでは冒頭をサンプル版で読めるので、以下の箇所を比較してみましょう。
……it was reputed to be an intricate, headlong brook in its earlier couse through those woods, with dark secrets of pool and cascade; but by the time it reached Lynde's Hollow it was a quiet, well-conducted little stream, for not even a brook could run past Mrs.Rachel Lynde's door without due regard for decency and decorum;……
バイブルともされている村岡花子訳では
「森の奥の上流のほうには思いがけない淵や、滝などがあって、かなりの急流そうだが、リンド家のくぼ地に出ることには、流れの静かな小川となっていた。それというのも、レイチェル・リンド夫人の門口を通るときには、川の流れでさえも行儀作法に気をつけないわけにはいかないからである。」
中村佐喜子訳では
「この小川は、森をぬける上流の方では、思いがけないところに淵や滝があったりして、あぶなっかしい、荒っぽい流れである。けれど、レイチェル・リンド夫人の門口を通るときは、小川でさえも礼儀作法に気をつけずにいられないらしく、窪地にさしかかる頃は、静かな、おとなしい流れになっていた。」
神山妙子訳では
「森をぬける上流の方には、黒ずんだ淵や滝がひそんでいることもあって、相当いりくんだ、手に負えない流れといわれていたが、「リンドの窪地」にくるころには、静かな、非のうちどころのない小川になっていた。小川でさえ、礼儀作法を無視して、レイチェル・リンド夫人の門口を流れることはできなかったからだ。」
レイチェル・リンド夫人の性格を自然描写を織り交ぜながら見事に表している箇所ですが、川の描写が3人でずいぶんと違います。
「dark secrets」をどう訳すかで、まず大きな違いが出ています。
直訳すると「暗い秘密」ですが、村岡花子訳と神山妙子訳は、それを「思いがけない」と訳し、神山妙子訳では「黒ずんだ~ひそんで」としています。
ここでは、前提として「reputed」(いわれている)と書かれているので、作者自身は上流部に行ったことがないことが重要です。行ったことがないのに「思いがけない」を使うのには違和感があります。
行ったことはないけれど、上流部は森の中の“暗い”ところに淵や滝(pool and cascade)がある、そんな“秘密”を持つ入り組んだ(intricate)急流(headlong brook)だといわれていて、それが作者が見ている場所で静かでおとなしい小さな流れ(quiet, well-conducted little stream)になっているのは、この文章の後に続くのですが、詮索好きのレイチェル・リンド夫人がなんでも明るみに(ferreted out)てしまうことを小川も気が付いているからだろうと推測しているのです。
secrets(秘密)をferreted out(探し出す)で受ける肝心の面白いところが、翻訳では失われてしまっています。
『Anne of Green Gable』は、ぜひ原書で味わってほしい1冊です。難しい言葉もたくさん出てきますが、kindleなら単語を一押しで辞書を引けます。
ところで、アンたちがキングアーサーごっこをして遊んでいますが、カナダでもキングアーサー伝説は昔から人気があるようです。キングアーサー伝説とロードオブザリング(指輪物語)をベースにしたAvilionにもカナダ人がたくさんいます。